クラシック音楽との出会い その1

小学校までは、テレビやラジオから流れてくる歌謡曲を漠然と聞いていただけで、とりわけ好きなジャンルの音楽はなかったように思います。当時は天地真理や小柳ルミ子など絶大な人気を誇るアイドル歌手が出だした時期でしたが、私自身は思春期を迎える前で、彼女たちの歌に熱狂するほどではありませんでした。当時聞いたクラシックの曲といえば、雑誌か何かの付録についていたソノシートで聞いたロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」くらいしか記憶にありません。

ちなみに「ソノシート」がわからない方、どうぞ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%8E%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%88

クラシック音楽との出会いは、中学校一年生の時と言えるでしょう。二歳年上の兄が同じ中学校のブラスバンド部でチューバを吹いていて、毎日、放課後には学校中に吹奏楽コンールの課題曲が聞こえていました。当時うちの中学校のブラスバンド部は全国大会出場寸前まで行くほど実力がありました(私が卒業した何年か後には全国大会出場を達成しています)。

ちなみに曲は川辺公一「高度な技術への指標」でした。名曲です。プロ・アマ問わず今でもよく演奏される曲のようです。

兄は家に帰ると毎日、家具のように立派なステレオの前に座り、クラシック音楽のLPレコードをかけて聞いていました。小学館の「世界名曲全集」だったように思います。その影響で、私も、FM放送の専門誌(週刊FMとかFM-fanとか)で番組表をチェックし、クラシック音楽の番組をカセットテープに録音して聞くようになりました(名曲全集のレコードは実質的に兄の所有物になっていて勝手に聞くことはできませんでした)。たしか、最初に録音した曲は、チャイコフスキーの序曲「1812年」だったと覚えています。

じきにモーツアルトの「ジュピター」やベートーヴェンの「運命」などの交響曲に親しむようになりました。特にベートーヴェンは小学館の名曲全集に「運命」、「田園」、「合唱」(第九は当時こう呼ばれることが多かったです)が含まれており兄がよく聞いていたので、私もすぐに耳馴染みになりました。

(続く)