ドイツ語学院「ハイデルベルク」の創立記念パーティーに参加しました!

毎週土曜日に通っている、代々木にある「ハイデルベルク」というドイツ語学院の創立40周年記念パーティーに参加しました(1976年創立)。私が初めて通ったのは1995年、その時は1年くらいでやめてしまいました。その後、2001年にまた1年通い、2008年からは今日までもう8年以上ここで勉強を続けています。

パーティー会場は桜田門近くの法曹会館と言う格式のある場所でした。18時半スタート。学校の創立者である元学院長の柴田昌治氏、現学院長の上田浩二氏、現ハイデルベルク市長のWürzner氏、早稲田大学の子安美知子名誉教授、日本にあるドイツ文化センターの所長など、いろいろな方が来賓としていらっしゃってました。そのため、始まってから一時間くらいはずっと挨拶が続き、お腹が減っていたので早く食事がしたくてたまりませんでした。まぁ、ユーモアとウィットに富んだ楽しい挨拶をされる方が多かったのが救いでしたが…

柴田氏が「四十年前は、生徒も五百人くらいいた」と話されていてビックリしました。当時は大学の第二外国語と言えばドイツ語かフランス語で、ドイツに関心を持つ人もドイツ語を勉強する人も圧倒的に多かったのです。でも今は、ドイツ人も日本人もお互いにあまり関心がない状態だと思います。いや、特にドイツ人の対日感情は中国の台頭や福島第一原発の事故を経てすっかり悪化してしまったようで、寂しい限りです(日本にいるドイツ人の方は当然、みな日本びいきで優しいのですが)。

30年以上通っている生徒さんもいらっしゃっていて、記念の表彰式もありました。私はと言うと、表彰を受けるためにはあと20年以上通い続けなければなりません。まぁ、そこまで命が持つかどうか…

パーティーのあいだはクラスメートとしゃべっていることが多かったですが、ドイツ人の先生とも改めて色々とドイツ語でお話ができ満足でした。最後に(カラオケで!)ベートーヴェンの第九を歌って締めでした(カラオケの採点結果は90点と出ました)。ドイツ語マスターへの道はまだまだ遠いのですが「これからもドイツ語を続けよう!」とポジティブな気持ちで帰路につけました。

「ドイツ語学院「ハイデルベルク」の創立記念パーティーに参加しました!」への18件のフィードバック

  1. 初めまして!ハイデルベルクへはほんのちょこっと通ったことのある50代女性です。こちらの前の学院長さまは、大変なイケメンさんであられたとか。
    ところで、かつて、西新宿の駅前にあったドイツ語スクールに関してお伺い
    したいのですが、「シェーファーシューレ」という語学校の事を御存じでは
    ありませんか?ネットにももう掲載されてない様ですので。シェーファー先生も奥様は日本の方で、お子さんが、神社にあった天狗のお面を見て「ぱぱだ」と言われたなんて御茶目なエピソードをお話し下さったりしました。よく白板の前を熊みたいに行ったり来たりされては、脚台に引っかかって躓いたりされる様な先生でした。

    1. 安里ゆかりさん、初めまして!現在60歳の女性です。高校1年~3年まで「シェーファーシューレ」でドイツ語を学んでおりました。当時在学していた高校が京王線仙川駅にあり、自宅とは逆方向の新宿まで週に数回通っていました。当時は新宿駅地下街の一角に小さな教室があり、およそ10名ほど、幅広い年齢層の生徒さん達がいたと記憶しています。 最近ロシア語を始めた息子が複雑な格変化に四苦八苦しているようで、ドイツ語を始めた当時の自分を思い出し「シェーファーシューレ」を検索、こちらにたどり着きました。
      「Der,Des,Dem,Denはゴミ箱へ!」という斬新なフレーズのパンフレットを書店で見かけ、友人と入会しました。
      男性・女性・中性の主格の定冠詞につくR、E、Sを大文字で表し、所有格以下のr,e,sと区別する独特の文法で複雑なドイツ語もとてもすんなり理解できた覚えがあります。大変気さくな先生で、府中のご自宅(当時)へご招待いただいたこともあります。その後すっかりドイツ語の虜になり獨協大学へ進学、現在の主人と知り合いました。
      結婚して九州へ移住、しばらく翻訳の仕事などに携わっておりましたが、現在はドイツ語とは全く無縁の毎日。当時の記憶も曖昧です。安里さんがコメントをお書きになってから2年以上経ってしまっていますが、大変懐かしく思い、返信させて頂きます。

      1. ああ!!やっとご存知の方にたどり着きました!!シェーファー先生は、白板の前を行ったり来たりされながら、何かというと白板の脚につまずいておられました。私が通路で化粧直しというか、リップを塗っていたり
        しますと「キレキレねー」とお声を掛けて下さったりして、ちょっと恥ずかしかったです。お子さんと一緒に
        どこかのお寺にいらした折、大きな天狗の面が掲げてあるのを見たお子さんに「パパ!パパ!」と言われたと
        伺った事も有り仲良しファミリーにほほえましく感じました。今はもう無くなりましたよね。グーグルマップ
        のアーカイブで見ようかな、と思っていたのですが、安心いたしました。それと、新宿駅北口でしたかあの、
        痛ましいバス放火事件‥‥今でもぞっといたします。大昔大学生の頃です。歳がバレバレですね。ハイデルベルク学院にも通っておりました。実力が無くて身に付かなかったのですが‥‥。(元、早大生のba~ba)

  2. 安里さん、初めまして。
    安里さんも、ハイデルベルクの生徒さんだったのですね。
    前の学院長さんは今年のクリスマスパーティーでもお見かけしました。

    ところでお尋ねの「シェーファーシューレ」ですが、残念ながら私は存じてません。
    私が通ったことがあるのは、ハイデルベルクと大森にあったころの東京ドイツ学園の
    夜間ドイツ語講座だけです。。。

    よろしければドイツ語のお話をしましょう!

    1. ハイデルベルクの社長様の奥様は、ドイツのお方でした。今はこちらの学院はもうございませんよね。奥様は
      社長様がイケメンのところを、お気にいられたと昔、何かで伺った事がございますよ。

    2. 一応ドイツ語翻訳士補ではあるのですが、地方在住で、ニーズが無くて活かしきれておりません。山口県に住んでいますが、確か山口市に「ドイツハウスパレッテ」という、あちらのおもちゃ等の販売に併せて、語学の方も
      教えておられるお店がありますよ。大昔に私とこちらのオーナー夫妻も「日独協会」の会員でしたので。

  3. 私と妻の大学時代の先生が、シェーファー理論を学ぶためにシェーファーシューレに通われていた方でした。その先生が作られた大学のドイツ語教科書(三修社)は、シェーファー理論を応用して作ったと、先生自身が語られていました。その教科書のあとがきに、興味を持った人はシェーファー氏の論文を読んでほしいと書いてありました。論文はたしか昭和大学の紀要に掲載されていて、私もコピーした覚えがあるのですが、40年近く前のことなので所在不明です。ドイツ語の教科書は家に保存してあります。

    1. 山本様
      すみません、ドイツ語学院ハイデルベルクのシェーファーシューレのお話、拝見しました。三修社の教科書に興味があります。先生のお名前を教えていただいても差し支えないでしょうか・・・中古ではもう手に入らないですよね・・・

      1. 杉山いわお先生でした。当時通っていた通信制の大学で、スクーリングの講師をされていました。

      2. シェーファーシューレと、ハイデルベルク学院は、ちょこっと離れていて経営も別会社と記憶いたします。
        ハイデルベルク学院は、3階建てだったかしら?ビルでしたよ。シェーファー先生のは、テナントビルで、
        回転寿司屋さんなども入っていました。私は、お寿司屋さんには入ったことはありませんが、このタイプの
        寿司店はまだ、珍しく、自分は「くるくる回転してるお寿司をゲットするゲーム的なものかな?」と誤解し
        一度も入店しませんでした((笑))‥‥。

        1. 安西様
          コメントありがとうございます。
          興味深く拝読いたしました。
          回転寿司、あったような気がします。
          そのビルは、スバルビルだったと記憶しています。
          私も、回転寿司は行きそびれましたが、その上の階だったか、ロシア居酒屋のスンガリーに何回か行きました。
          シェーファー先生の天狗の話や、「ハイ、ミナサンイッショニ!」が懐かしいです。三修社の本の復刻版や中古ないですかね・・

          1. 安里様
            安西様と入力してしまい、大変失礼いたしました。
            今年はオリンピックでしたね。話がそれますが、女子大でドイツ語を部活で習っていました。顧問をしていただいた元教授は、かなりのご高齢でしたが、1936年のベルリンオリンピックで、国の通訳をされた素敵な先生でした。そのご先祖は、長崎で、ハリスの通詞をした方でした。ドイツ語にまつわる懐かしい思い出の数々が思い出されます。

    2. 山本様

      神奈川県立図書館にあり、読むことができました。
      シェーファー先生、言語学者というところからの、説明がストンと落ちた記憶があります。
      特に、三格支配の前置詞、たとえば、Seitを用いた説明がすごくわかりやすかったです。後から来る名詞に三角や大文字を使ってわかりやすく図式していました。seit einem Jahr, in einEr Stunde, inS Buero, mit deM Bahn, in drei MinuteN, IhrE AdressE 、とかです。先生自身も、日本語の形容詞とドイツ語の格支配を比較分析していたようです。大きい服、大きな服、とかです。そうすると、いよいよ、昭和大学のシェーファー先生の論文が気になりますが、ここは専門家の分野ということになりますでしょうか。1968年の論文のようですが、シェーファー先生、いつ日本に来られたのかしら・・謎めいた先生ですね。情報ありがとうございました。

  4. ハイデルベルク学院ではほんの少しだけ通いました。日独文化センターにもドイツ映画をよく見に行きました。若い頃、仕事帰りに、1、2年通っていたシェーファーシューレのことを時々、思い出します。新宿の高層ビル街のオフィスでO Lをしていた頃「Der,Des,Dem,Denはゴミ箱へ!という強烈なチラシを先生が自ら配っておられたのがきっかけです。
    40年近く前の話ですが、その時に覚えたドイツ語のフレーズは今でも自然と出てきます。ものすごくドイツ語が上達しました。日常の何気ない言葉回しも教えてもらいました。一度だけ、先生のご自宅にも招かれたことがあります。お子さんもまだ小学生くらいでした。
    多分、一年前にコメントを残された斎藤様が通っていた時期の翌年くらいのことです。
    シェーファー先生指定の、大きめの単語帳もまだ手元に大事に取ってあります。山本様のコメントされた三修社の教科書はまだ販売されていますか?興味があります。

    1. Amazonで調べましたら、現在お取り扱い出来ません、となっていました。念のため国会図書館で調べたら、いくつかの図書館で蔵書になっていて、神奈川の県立図書館では貸し出し可となっていました。「女子留学生の日記、杉山いわお、三修社」で、国会図書館で検索してみて下さい。

      1. 山本様

        調べていただいてありがとうございます。感謝いたします。お手数おかけしました。

  5. 伯父が持っていた、関口存男の「標準初等ドイツ語講座」上巻に、「英獨不定法較べ」と称し面白い事が書いて
    あります。それによると、英語は例えばgoでも、語幹も不定法も同じで実にけしからん、筋路の立たない野蛮語
    だと言ってドイツ語を称揚しています。当時の日本人の国際感覚というか、思いが反映されていて今では想像出来ませんね。

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